平成狸合戦ぽんぽこ宝船のシーンの意味は?

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平成狸合戦ぽんぽこ 宝船のシーンの意味はなんなのか、気になったので調べてみました。

・平成狸合戦ぽんぽこをみたけど意味が分からないところがある!

という方に向けて書いています。

平成狸合戦ぽんぽこ 宝船のシーンの意味はなに?

平成狸合戦ぽんぽこの映画で最後の方に宝船に乗ったシーンが出てきますよね。

その時の狸たちは、楽しそうに宴会をしています。

あのシーンは、いったい何を表しているのでしょうか。

今回は個人的な見解も含めていますので一概にこれが正解!という事は言えません

そこのところをご了承くださいませ。

残された狸たちが悲しそうな感じで船を見ていたから、宝船には死んだ狸がのるのではないのじゃろうか?

・・・おそらくですが、

残された狸たちが悲しそうな感じで船を見ていたということは、残された狸たちは、宝船に乗った狸たちが集団で極楽浄土へ行くという事を知り、それを悲しい顔で見てるしかない、という事だと思います。

そして、宝船には死んだ狸ではなく、これ以上もう変わることのできない狸たちを集めて極楽浄土へ旅立っていく狸が乗っている、という事になるかと思われます。

太三朗禿狸(たさぶろうだぬき)は、もうこれ以上変わることが出来ない狸を連れて、「極楽浄土へ行くときくらいは楽しくいこうじゃないか!」という事を思って宝船を作ったのではないのでしょうか。

平成狸合戦ぽんぽこ 狸の金玉(玉袋)に書かれていた「南無阿弥陀仏」について

平成狸合戦ぽんぽこ狸の金玉(玉袋)に書かれていた「南無阿弥陀仏」についてですが、これは極楽浄土へいって生まれ変わるという意味が含まれているように思います。

狸たちが無事に生まれ変わることが出来るように祈ってあのように書かれていたのでしょう。

宝船のシーンや狸の玉袋に書かれている南無阿弥陀仏などは、

昔に比べて狸たちが姿をみせなくなってしまっているという事も関係しているように思います。

そのようになってしまった状況をおしつけることなく視聴者に伝えようとしてあのようなシーンなどが生まれたのでは?と感じています。

鷹ヶ森の権太(たかがもりのげんた)はやりすぎた行動を繰り返していたけれど、

他の狸たちは、「もうこれ以上変化に対応できない」・・・と感じていたのよね。

生き残るための手段を色々と探していたけれど、最終的に居場所がなくなってしまったのね・・・

平成狸合戦ぽんぽこ 狸が顔だけのオバケになって車を潰したりトラックにひかれたりするシーンについて

平成狸合戦ぽんぽこでは、狸が顔だけのオバケになって車を潰したりトラックにひかれたりするシーンが出てきます。

これはいったいどんな意味があるのでしょう。

狸はオバケになって人間を攻撃しようと思っても、

最終的には人間には勝てないんだ、という意味がふくまれているのかもしれません。

「狸がオバケになった」というところは、狸が今の状態を変わろう、変化しようと思っているところを表しているのかと感じます。

平成狸合戦ぽんぽこでは狸が生きていくには人間社会にとけこまなければならないということを伝えているんですね。

まとめ

平成狸合戦ぽんぽこの宝船のシーンの意味について、言葉ではうまく書くことが出来ませんでしたが、なんとなくそういう感じというものを書いてみたつもりです。

故郷を守るために大奮闘する狸たち。

なんとこの作品は、1998年3月13には最高視聴率17,8%を記録しているんですね。(RealSound参考)

平成狸合戦ぽんぽこは、

2019年4月5日金曜ロードショーで放送されます。
ちなみにこの日は高畑監督の命日です。

お見逃しなく!

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